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母の引っ越しと過去からの解放

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立て続けにやってくる台風をうまく避けつつ
少々家の事でバタバタしてまして、
ようやく一段落したところ。

私の母は肺の手術からこっち、
もとの住まいを残したまま私近所で静養中。
やっと小康状態になったタイミングをとらえて、
体調と相談しながら完全移住へと動くことに。
ただ、高齢者の引っ越しは長年の荷物が大量にあるし、
持ってくる物は減らさなければ今の家に入らない。
それを体力落ちた本人が仕分けしたがるとなると、
母自身、尻込みするくらい問題が山積みだから、
体調が安定するまで動けなかった。

なので私の方は、母の体力維持のために週1のみ、
往復2時間半の元の住まいに2ヶ月以上かけて
一緒に通いながら引っ越し準備を進めることにした。
そして、これは少しずつ本人に引っ越しすることを
実感させる目的もあった。
所謂、ボケ予防みたいなもんで重要事項w
おまけに、引っ越し準備で往復しながら、
その間、住民票移動など役所関係の手続きや、
光熱費関係の引っ越しの連絡などおこなったが、
こちらが勝手に進められない内容もあり、
かと言って、年寄り一人じゃ無理だったことも多く、
弱ってもそこそこ動ける独居高齢者世帯主の住居移動は、
時間も手間もかかり、なかなか面倒臭いこと満載。
ていうか、寝たきりとか、施設に入るための手続きだと
家族がサクサク進められてかえって楽かと思える。
まぁ、母に自分の引っ越しへの責任意識を持たせるために
敢えて時間かけて本人に確認しつつ進めたので、
手間がかかって当然で、とりあえず想定内とした。

そして、最後の詰めは業者にお願いして一気に、
といっても母が関わる梱包日1日入れた
計2日掛かりでようやく引っ越しが終了した。

そう言えば、引っ越しの仕分け梱包をしたら、
あまり着ない内に着れなくなったオーダーメイド服や、
高価そうな頂き物の食器類などなど、
仕舞い込んでた沢山の品々が出てきたっけ。
時間があれば換金できた物もあるだろうけど、
それをする時間的ゆとりも無く、
かと言って使わないものはどうしょうもなく、
それらほとんどは最終的に本人了解の元
要らない物となり、廃棄へと回されていった。
もったいない?
私的にはまったく無し。
母の捨てられなかった気持ちは分かるが、
この機会に本当に必要な物だけを分別できたし、
結果的に母にとっても良かったんじゃないだろうか。

ちなみに、母がいた元の住まいは、
私が育った実家でもある。
荷物が運び出されてガランとした部屋は、
私が子供当時の様子が思い出されてきて、
それは懐かしさでもなく、寂しさでもなく、
なんとなく気持ちが重くなるような、
自分でも思いがけない感情が湧いてきた。
楽しい思い出もあったはずだけど
妙に息苦しさの思い出の方を強く思い出し、
それはいつもここで味わっていた感情だった気がする。
と同時に、その重い世界がようやく終わり、
やっと解放されるようにも思えて、
何とも言えない感覚が去来していた。

とはいえ、息苦しさの元凶と思っていた母とは、
引っ越し準備で顔を合わせる間、沢山話しをした。
そして、今まで知らなかった母を知り、
母の視点から見た亡き父の非常識さというか、
かなりのアホっぷりな姿を知り、
そのため母が苦労や努力したことや、
それ故に家庭の空気が重かったことも理解した。
ときに、母と意見が衝突した時もあったけれど、
なんとなく苦手感が抜けなかった母とは
病気になってからかなり気持ちが通じるようになったが、
今回、それ以上に距離が近くなったと思えたし、
過去のモヤモヤする想いも少なくなったと思っていた。

ところが、引っ越しの日の感情にはかなり戸惑った。
そして、引っ越し後数日して大きな台風がやってきた日、
いきなり酷い鼻炎になって、気が緩んだため?と思いつつ、
なんか浄化中?かなと知人に調べてもらったら、
「肉体的なものでなく、自分自身の深い部分のネガや
闇といったモノがドンドン湧き上がっているためだろう」と。
確かに、引っ越し荷物が運び出された
何も無いあの部屋で感じた昔の複雑な想いの再燃は、
自分でも思いがけないくらい強いものだっただけに、
それが身体に反応が出たのも納得できた。
心身のデトックスという結果に腑に落ちたのか、
あんなに酷かった鼻炎は、何の薬も飲まないまま
ストンと次の日には完治していた。
で、なぜ鼻炎??と思って、推測してみた。
「鼻」につく過去の記憶を「水(ハナミズ)」に流し解消した、
それが酷い鼻炎で表れたということなのかも。
こうして一つ、私の古い感情が浄化された気がする。

思えば時間をかけた母の引っ越し計画だったけど、
それは過去に縛られた私の心を“今”に届けるため、
私にも意味ある時間でもあったようだ。
合理的で時間短縮行動も臨機応変に必要だけど、
今回みたいに遠回りに手間暇かけることも必要で、
また、誰かのことで頭使って一生懸命動いていたら、
結果的に自分のために必要な事だったという、
そのような事はよくあるのではなかろうか。
なんにしても終わって分かる事も多いので、
どんなことも気を入れて丁寧に向き合うべしと、
今回、またまた実感した次第。


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